【広場恐怖症(ひろばきょうふしょう)】で悩む人の特徴と体からのメッセージ

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こんにちは!
らかんです。

さて、今回も体の具体的な症状とそれらに関するメッセージをお届けしていきます。

今回の内容は【広場恐怖症】についてです^^

広場恐怖症の人というのは広い空間や公共の場所に対して病的な恐怖を持ちます。恐怖症の中では最も多く見られるものです。

男性よりも女性の方が2倍も多くこの恐怖症にかかります。
男性はむしろアルコール依存症という仮面をつけて広場恐怖症を隠します。

自分が広場恐怖症なのだと告白するよりもアルコール依存症なのだと告白する方がまだマシなのです。
広場恐怖症の人はいつも不安に晒されており、時には恐怖のあまりパニックに陥ることもあります。

広い空間や公共の場所にいくと心悸亢進、めまい、筋肉の緊張あるいは弛緩、発汗、呼吸困難、嘔吐、尿失禁といった身体症状に見舞われます。

その結果、パニックになって奇妙な感じを覚えたり、コントロールを失うのではないか、気が狂うのではないか、公衆の面前で恥をかくのではないか、気を失うのではないか、死ぬのではないか、といった恐れを持つのです。

そしてその場から逃げ出したり、自分に不安を抱かせるあらゆる場所を避けるようになったりするのです。

広場恐怖症の人たちのほとんどが低血糖症を患っているのでその項目も参考にしてください。

感情体の面での解説

広場恐怖症の人たちが感じる恐れやその他の感情はものすごく激しいので、彼らはそうした感情を引き起こす状況をなんとしてでも避けようとします。

そのために彼らは外出する際に自分の安全を保障する親しい人に付き添ってもらいたがったり、自分が安心できる場所にしか行かなくなったりするのです。

あるいは全く外出できなくなることさえあります。

そんな場合、必ずそれなりの理由を見つけ出します。
しかし彼らが主張する最悪の事態など決して起こりはしません。

広場恐怖症の人たちのほとんどが幼い頃母親に依存しており、自分が母親を助けなければならない、自分が母親を幸せにしなければならないと思っていたのです。

ですから母親と自分との関係を見直すことによって感情のレベルで癒される必要があるでしょう。

精神体の面での解説

広場恐怖症の人が持つ最も大きな恐怖は死ぬことへの恐怖と、気が狂うことへの恐怖です。
その恐怖は幼年期に由来しています。

彼らは幼年期に一人きりにされた経験があるのです。
しかも彼らが育った家庭に死の影や狂気の影が落ちていたことが多いのです。

自分自身が死にかけたことがあるかもしれませんし、家族の誰かが死んだり、狂ったりしたことがある場合もあります。
死に対する恐怖はさまざまなレベルで体験されますが、本人はそのことを自覚していません。

例えば広場恐怖症の人はどんな領域においても変化することを恐れますが、なぜかといえば、変化とは一種の死に他ならないからです。

こうして、どんな変化も広場恐怖症の人に恐怖を抱かせ、そのために広場恐怖症の症状がますます深刻になるのです。

そうした変化には幼年期から思春期への変化、思春期から大人への変化、また独身から結婚への変化、引っ越し、転職、妊娠、子供の誕生、事故、離婚、親しい人の死、などが含まれます。

それらによって引き起こされた苦悩や恐れは何年もの間意識されないことがあります。
ところがやがてある日、ついに精神的、感情的な限界に達して苦悩や恐れが意識されるようになるのです。

広場恐怖症の人たちはまた過剰な想像力を持っていることがあります。
現実を遥かに超えた極端な事態を想像し、自分はそうしたでは体に対応できないと思い込むのです。

また、その過剰な想像力ゆえに自分が狂うのではないかと恐れることもあります。
しかも変な人間だと思われることが怖いので、それを人に話すことができません。

問題は気が狂うことにあるのではなく、その過剰な想像力にあるのだ、ということに気づかなければなりません。

もしあなたがこれまで述べてきた症状に当てはまるとしたら、ぜひ次のことを知ってください。

つまり、あなたは気が狂うこともありませんし、そのために死ぬこともない、とうことです。

問題は幼い頃にあなたが親しい人の感情に対して心を開きすぎてしまったことにあります。
というのもあなたはその人の幸福や不幸の責任は自分にあると思い込んでいたからです。

相手の感情を予測しなければならなかったので、あなたは相手の感情に過度に敏感になり、いわば霊体質になってしまったのです。そして多くの人がいる場所に行くと人々の感情や恐れをキャッチしてしまうようになったわけです。

あなたにとって最も大切なのは<責任>という言葉の正確な意味を知ることです。

<責任>ということに関してあなたがこれまで思い込んできたことは実は正しいことではありません。

自分の役目を超えないことが大事なのです。

相手を幸せにしたい、と思うことはとても素晴らしいことですが、幸せかどうかを決めるのは相手が決めることなのです。
相手が幸せを感じていないからといってそれがあなたの責任なのではありません。